2012.03.18
2012.03.15
ユーモアになる!
御評価ありがとうございます。
真摯にこの順位を受けとめています。
自分の考えを表現するチカラとその表現を面白く伝えるチカラ
この二つのプレゼン能力にいつも悩んでいます。
放送作家の中野俊成さんがトークライブにて
「自分が面白いって思ったものは絶対面白い!」
「その面白さが相手に伝わらないときは、自分の表現力が足りなかったって思っている。」
ということを言われておりました。
自分のアイディアを楽しく伝えられるようにこのブログを修業の場にしていこうと思います!
今回のブログ課題でもご指摘を受けた表現の足りなさ等含め
今後、放送作家を目指すためにも
「ユーモア」を忘れない人になりたいと思いました。
写真がなくて少しさみしいブログになってしまいましたが
次回からは女子会並みに写真を載せていけるようにします!
よろしくお願いします。
2012.03.12
お題「スカイツリー開業に便乗してショップオーナーに!どんなショップにする?」
スカイツリーが間もなくオープンしますね!
私がよく利用する電車からスカイツリーが見る事ができ、
電車の中もスカイツリーの広告でいっぱい!
スカイツリーのキャッチコピー「3000万人に会える空」
すごくカッコイイなあと思いながら毎度、広告を眺めております。
“第一展望台からの眺望が約70km先まで見渡せ、そこに住む人口が日本の人口の1/4にあたる3000万人
”ということになぞらえているそうです。
そんなスカイツリー近辺にお店を開くなら!
『みんなの思い出プリクラ』を開業します!
(ショップというよりか「特殊なプリクラ機を運営するオーナー」になります。)
プリクラは若い人向けのイメージがありますが私のプリクラは一味違います。
なぜなら、一般人が撮ったスカイツリー、浅草、上野付近の写真をかき集めたものを背景として使用します!
よく観光地ではこのような観光スポットを背景に合成して記念撮影をするものがあります。
プリクラの背景にあたる部分を一般の方が撮った写真をたくさん載せ、
いうなれば「3000万人が撮った東京下町の姿を今日の思い出の一枚に全て盛り込んだ!」
というプリクラを目指します。
記念撮影としてならば老若男女、ご家族、外国人観光客もプリクラに抵抗なく使用してもらえると思います。
また、背景写真を提供してもらうやり方は
プリクラを撮ってもらうお客様が背景に加えたい写真をプリクラ機に同期してもらい、
プリクラを使用するお客様が多けれ多い程、たくさんの写真が集まってきます。
出会いは「一期一会」といいますが、日々過ごしている瞬間もまた「一期一会」です。
楽しく過ごした一瞬を撮らえたその写真を他人にも提供してみんなにもその楽しさを分けよう!
という記念撮影用プリクラです。
2012.03.08
めんぼーが綿棒を目指すために
判定をしてくださいまして、誠にありがとうございます!!
トップページを開くときはまるで「好きな人に電話できない女子」みたいでした(笑)
クリックのひと作業が好きな人への通話ボタンみたく、
「押す? わー、タイミング(ガールズブログでは“結果”)が悪かったらどうしよう。。。
でも、声聞きたい❤(結果気になる!)」
と、パソコンの前ではしゃいでいました。
少しだけ心が若返ったとおもいます。
ただ、ブログの内容を考えていると自分の表現力のなさにドン引きしています。
もし、いつも「ハーイ!」しか言わないイクラちゃんが私のブログをみたら「どんだけ~」っておそらく言うだろうなと反省していました。
しかし、「わたしの事件簿年表~履歴書に書けない過ち~」を考えるのがすごくワクワクしました!
中学のイタイ自分
高校の残念な自分
大学の哀しい自分
「イタイ、残念、哀しい」こんな人生に対してもイクラちゃんは「どんだけ~」って言うと思います。
「自分、キツイ子だな~」と笑いつつ真剣に書き上げていました(笑)
もっと素敵な内容が書けるように勉強致します。
2回目のブログ更新ですが、軽く自己紹介をさせてください!
丸山茜(まるやま あかね)
3月に大学を卒業します!
好きなことは旅行!大学生活では東南アジアによく行っていました。
ブログのタイトルになっている『めんぼー』というのは私のあだ名です。
『めんぼー』というのは「私の顔が薄さ、存在の薄さ」によって命名されたと思っています(笑)
しかし、ある方が
「綿棒って良いよね。
細かいところにフィットしてくれて、手の届かない耳や鼻にも使える。」と。
耳や鼻の中に入る気はないですが、
★自分の行動や考えが他人にフィットできるように
★人の要望や希望に応えられるような人材になれるように
と思い『ジャストフィットになりたい!めんぼーブログ』というタイトルにしました。
書きたいことがたくさんあるので
趣味の旅行の話
失敗談….などなど!
書けることを楽しみにしています♪
さてさて、話は変わりますが
日曜日に南海キャンディーズ山里亮太さんの「山里亮太の140」~今日も愛馬は混んでいます~」
というトークライブに行って参りました!
ツイッターを用いたイベントで、
山里さんが過去のツイートを振り返り、ツイート当時は何が起きていたのか語る!!というトークイベントでした。
企画も斬新だなと感銘を受けまして、
またTwitterという身近なツールを題材にすることで
山里さんファンがわんさかな会場では
「あ~!そのツイート覚えてる!」といったような「頷き」の一体感。
会場のみんなが山里さんの友人かのように距離感がすごく近く感じられました。
今回のライブのように同じく「距離感がすごく近い」と感じられるメディアがあります。
それは ラジオ!!
私はラジオが好きでよく聴いているのですが、好きな理由は
パーソナリティとリスナーの距離感が抜群に近い!
距離感が近いというのは・・・
なにが適切か分からないのですが「仲良しになったと思えるメディア」といいますかー…。
芸能人が私服でカメラのないラジオブースという狭い空間で繰り広げられる会話が
またテレビとは全く違う面白さがあります。
ラジオへ投稿を試みていますが厳しい競争社会ですね。
そんな私の投稿が初めて読まれたラジオ
それがTBSラジオ「水曜JUNK 山里亮太の不毛な議論」です。
山里さんのトーク、例えのうまさ、本当に勉強になります。
ブログって、、、
おもしろい!!
ジャストフィットな人材になれるように日々精進します!
※綿棒の画像はフリーサイトからいただきました。
2012.03.04
わたしの事件簿年表~履歴書には書けない過ち~
事件簿年表と聞き、私の頭にパッと浮かんだこと。
履歴書には書けない私の過ちから連想したこと。
振り返ると「お掃除ロボット」のような人生だった。
というのも
まさに「壁に当たっては軌道修正」だった。
年表~第1期:可愛い女になろう~
中学校に入って友達が好きな子と付き合い始めたり、カップルという関係に憧れたりした。
私にも「バレンタインチョコ、しっかり渡してみようかな❤」と思える相手ができた。
兄がいる私はそれまで男っぽい性格だったが、人の目や評判が気になるようになり、「女っぽくしよう!」と考えた。
当時、流行っていたドラマ「やまとなでしこ」を参考に
可愛い女の子がしそうな行動や言い方を自分なりに考えて女らしさを追い求めた結果、
ぶりっ子になることにした。
!ぶりっ子のなり方!
■自分の名前を言うときは常に下の名前。
■お弁当は毎回ちょっとだけ残して少食アピール、飲み物を飲むときは両手で。
■天然なドジっ子が言いそうなことをイメージしてから発言。 など
最初嫌われるのが怖いなと思っていたが、
女子にありがちな 「アイツ、うざいんだけど」 といわれることはなく
うまくぶりっ子を3年間演じていた。
・・・・と思っていた。
そして事件は起こった。
好きな人との関係もぶりっ子を貫き、良好を保っていた。
そして中学校を卒業する日に告白を決意した。
近くの公園で待ち合わせして、他愛のない会話。何を話したのか覚えてはいないが、すごく笑っていたことだけ覚えている。
そして一瞬、気まずくじれったい無言の時間…。
私「あのさ…」と言おうとしたそのとき、
相手「お前さ、やっぱりぶりっ子だよね!!!!!!!!!!!! もう卒業だから無理すんなよ(笑)」
「告白の雰囲気だ」とドキドキしていた胸は一気に「ぶりっ子がばれてしまった」というドキドキに変わった。
「え~!そんなはずないじゃん!」ととりあえずの大きめなリアクションでなんとか乗り切り、告白のムードもなくその場が終わった。
人からぶりっ子をしていると指摘されたこと。
ぶりっ子がバレていたということ。
そして、好きな人がとっても無礼なヤツだったこと。
すべてが衝撃的だった。
そのとき、ぶりっ子はもうやめようと決心した。
【ぶりっ子】という過ちが 今後に響いてくるのだった。
年表~第2期:スキルアップな女になろう~
ぶりっ子を指摘されてから、人との付き合い方が分からなくなってしまった。
高校に入り、通常モードの自分はどう立ち振る舞えば良いのか分からなくなり、あまり人と話さないようになった。
人との接し方にストレスを感じるようになった中で逃げ道となったのは勉強だった。
勉強と言っても英語のみ!他の教科は全く興味がなかった。
英語には異常に興味が湧いていた。
実家に留学生を受け入れたり
初海外旅行を一人で行ってみたり
米軍基地内のファーストフード店でアルバイトをしたり
もともと頭は良くないが、英語だけはしっかり勉強していたし、意欲旺盛だった。
しかし、頑張っていた英語から事件。
英語をどんなに勉強しても伸びないものがあった。
それは「成績表」。
英語は好きだったものの、英語の先生と無愛想な私の相性が全く合わない!
勉強で他人から「頑張ったね!」と認めてもらえる一番説得力のある成績表。
その成績表で結果が全く出なかった。
先生に無愛想な自分→成績イマイチ→親が見る→親が怒る→もっと無愛想になる
悪循環でしかなかった。
【スキルアップ】だけを一直線に見ていただけに、人との関わり方を間違えておこなっていた。
そして軌道修正しなければと心に誓った。
年表~第3期:熱い女になろう~
大学は希望していた英語学科に入学した。
やっとやりたい事がしっかりできるぞ!というワクワクさに、無愛想な性格も明るくなった。
やる気に満ち溢れていて、何事にも【熱い女】を志していた。松岡修造さん並みにギラギラしていた。
大学に入って初めてしたバイトが塾講師。 個別指導の塾で生徒と一対一で英語を教えていた。
十数人の生徒を見ていたが、その時に一番印象に残っていたのが当時高校3年生の女の子Aちゃん。
大学受験を控えており、私の教え方がその子の一生を左右するかもしれない気が抜けない生徒だった。
ほぼ毎日、Aちゃんとの授業。
受験のラストスパートの時期になっても志望校の偏差値と本人の偏差値はかなりかけ離れていた。
絶対Aちゃんを合格させるために私が誘導しなければ!と熱い女の使命感にかられ、厳しめにAちゃんを指導した。
春。
Aちゃんの頑張りが実り、無事に第一志望に合格したと人伝いで報告があった。
本当にうれしくて、涙がこぼれました。
「早くAちゃんに会って一言『おめでとう』と言いたい!」
そんな思いが募っていた。
しかし、事件が起きた。
塾長「Aちゃん、お前に会いたくないってさ。」
え?
塾長「教え方、厳しすぎ。 」
私の【熱い女になろう】という志がいつのまにか熱いが故に相手を追い詰める【自分勝手な女】になっていた。
合格はさせることができたものの嫌われ者に。
結果は良かったものの後味がとても悪すぎる!
自分の価値観を他人に押し付けることは決して良いことばかりではないと学んだ。
【熱い女】という壁にぶちあたり、軌道修正をしなければと心に誓った。
しかし、最後だけ良いことが。
数日後Aちゃんからメール。
「自分から報告できずすみません。
二人三脚で頑張ってきた結果、合格できたのだと思います。本当にありがとうございました。」
軌道修正して【熱い女】でよかったー! と思えた瞬間でした。
この事件簿年表。相当くだらない。
しかし、
この事件一つ一つが私の性格を変化し、
曲がった方向へ向かおうとしている自分に気付かせてくれたすべて大事な事件たち。
すべてが人との関わり方を教えてくれた出来事。
「失敗とは成功のもと」
色んな出来事、たくさんの人と出会って失敗をしながらも勉強をしていきたいと思った。